お好み焼きとカレーと田の草取り唄

12月12日、小林から電話があった。今夜、海外からの友人を連れてうちへ来るという。小林が来るときの連絡はだいたい当日だ。ほかの人との調整が必要なときは断るが、そうでないときはだいたい受け入れる。前田はこれをミュージシャンが持つアドリブの才能だと思っている。その場、そのときの空気、あとはセンスで最善の選択をする。当然、思い通りにいかないこともあるが、そのリスクを取ることで、あらかじめ決めておくよりも、いいものを生みだすことができるのだろう。

こう書くと小林が粗暴な男と勘ぐる人もいるかもしれない。たしかに自由で縛られない雰囲気と度胸があり、一見粗暴な雰囲気もあるが、常識人であり、とても細かな気配りをする男だ。その繊細さは音楽からか、はたまた社会人としての経験から培われたものかはわからない。ただのサラリーマンでないことは、小林と出会ったほとんどの人が感じるものだろう。

夜になり、2人の友人を連れて小林が到着した。オーストラリアで知り合った友人に、日本の古民家に住む前田の暮らしぶりを見てもらい、お好み焼きをご馳走するプランだ。

「ケンちゃん呼んだら来ないかな?」と小林。

今夜はいつもどおり一人で過ごすつもりだったが、アドリブで仲間が加わると、お子達を入れて総勢7人の賑やかな夜になった。メニューにはカレーライスが加わった。酒を酌み交わし、一通り親睦を深めたら、小林がギターを持ってきた。酔っていてほかに何を聴いたのかは忘れてしまったが、前田は「キサラヅ田の草取り唄」の演奏を小林にリクエストした。前田の詩は3番まであった。

小林の歌いだしを聴き、前田はニヤけた。「ほほう、そうきたか」と。小林はすでにその曲を自分のものにしていた。前田が書いた詩だったが、その曲は小林の想いを歌にしたものじゃないかと思えるほど、小林のものになっていた。とてもいい出来だった。曲調は、リズムに合わせて田の草を取る感じではないが、この詩ならたしかにこんな感じの曲が合う。いい意味で予想は裏切られた。実は前田は3番で下世話な品のないフレーズを詩に書いており、小林はそのまま歌うものだと思っていたが、そこは一般向けにきちんと修正されていた。前田の予想は外れ、小林が常識人の顔を覗かせた。

みんなで歌うワークソングという課題を残し、前田は眠気に耐え切れず、床についた。

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